波佐見焼(はさみやき)とは

波佐見焼(はさみやき)とは

2025年8月05日
目次

    シンプルで、日常にすっと馴染むデザイン――。

    「波佐見焼(はさみやき)」は、そんな現代の暮らしに寄り添う器として、全国で高い人気を誇ります。長崎県・波佐見町で作られるこの焼き物は、実は有田焼と同じ肥前地区の磁器として誕生し、400年以上の歴史を持っています。かつては「伊万里焼」として出荷されていた波佐見焼が、どのようにして独自のブランドとして確立されていったのか。

    本記事では、その歴史と特徴、そして現代の波佐見焼が持つ魅力についてご紹介します。

    波佐見焼(はさみやき)とは

    長崎県東彼杵郡(ひがしそのぎぐん)波佐見町(はさみちょう)で作られる陶磁器の総称です。波佐見町には大小50〜60件ほどの窯元があるとされ、有田町のある佐賀県と隣接しており、原料や製造工程は有田焼とほとんど同じです。

    波佐見焼ブランド誕生まで

    江戸時代(17世紀〜)

    1616年、李参平による有田焼の誕生と同じ頃に波佐見でも磁器が焼かれるようになりました。当時は「波佐見焼」という名称はなく、有田とともに肥前(ひぜん)」という旧国に属していたため、出港地・伊万里から「伊万里焼」や「IMARI」と呼ばれていました。

    波佐見は大村藩の管轄下で白磁や染付などの日常雑器を大量生産していたのに対し、有田は鍋島藩のもとで献上品や高級品を生産していました。

    明治〜昭和

    大手飲食チェーン、学校給食、病院食堂などに大量供給が始まります。ただしこの頃も、有田の下請けという位置付けが大きく、「有田焼」として販売されていました。

    2000年代前半〜

    2002年頃から食品の産地偽装問題が社会問題化し、陶磁器業界でも“波佐見で作ったものを有田焼と呼んでよいのか”という議論が起こりました。それでこの「産地偽装問題」を契機に、波佐見町の窯元や商社は「波佐見焼」という名前で出してくという明確な方向転換が確立し出しました。

    2000年代後半〜2010年代

    「HASAMI」などの「maruhiro」の新ブランドが全国で注目され初め、ライフスタイルショップやインテリアショップなどを中心に販路が拡大しました。これにより一般の方々にも「波佐見」という名前が広く知られるようになりました。この頃は有田焼は「昔ながらで、おばあちゃんが大事にしていたもの」というイメージが強い一方で、波佐見焼は「おしゃれで日常使いに最適な器」という新しいイメージを確立しました。

    現在

    「波佐見焼」は、有田焼とは独立した長崎発のブランドとして、しっかりと認知されています。しかし、今も昔も変わらず、肥前地区の磁器生産は分業体制を取っているため、波佐見町で作られた素地を有田町の窯元が絵付けして焼き上げる場合や、その逆のケースも多いにあります。当店、陶磁器セレクトショップ"Studio1156(スタジオイイコロ)"では、最終的に焼き上げた窯元の所在地に応じて「〜焼」というブランド名を付けています。

    まとめ

    波佐見焼について、少しでも理解が深まりましたか。

    波佐見町で焼かれたやきものは「波佐見焼」として確立し、シンプルでデザイン性に優れ、日常使いに最適な器として広く親しまれています。ぜひ、当店の波佐見焼セレクションも覗いてみてください。

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